1 入間川流域の自然をしる企画展
埼玉県立自然の博物館では、平成21年2月21日〜6月21日の期間「入間川の自然」展が開催されていた。今回の企画展では埼玉県立自然の博物館に収蔵されている入間川地域の貴重な自然資料を、上流部から下流部にかけ自然界を構成する動物・植物・地質を紹介し、自然と人々との共生について考えていただくことをテーマに開催されていた。
展示資料点数は、標本200種類250点、写真60点を上流部から下流部を紹介するコーナーに分け、それぞれの環境に生息する生きものや発掘された化石などが展示されていた。
今回のレポートでは、展示に関わられた先生方の中から生きものを松本充夫先生、地質を田口 聡史先生のお話を聞きながら企画展の見所や展示の解説を行っていただいたので紹介しながらレポートしていこう。 |
会場入口付近全景
|
2 入間川の上流部の地質
上流部では鉱物や化石など入間川流域では様々な資料が産出している。地質や地形に関する展示の説明では、入間川の上流部の基盤になる岩石は年代としても古く硬い地盤で作られていることが伺える展示がされている。このコーナーの解説を松本充夫先生、田口
聡史先生からお聞かせいただいた。
入間川の空撮写真 |
上流部コーナー |
「昔から有名な秩父古生層、現在では秩父中・古生層、秩父帯の地層などと呼ばれていますがいずれも今から2億年ぐらいの古い地層が大地をつくっています。」
「入間川の上流部の地質の大きな特徴ですが、長瀞の上流だと変成岩や火成岩などいろんな岩石を見ることが出来ますが入間川の上流部のほとんどが堆積岩です。それが特徴ですね。」
「その中のひとつ石灰岩の中に化石が入っています。展示している白く見えているのがウミユリです。茎などがバラバラになった状態で石を作っています石を研磨すると中に含まれているものを見ることができるんです。ルーペを使い拡大し展示では見ることができるよう工夫しています。」と田口聡史先生から解説していただいた。
鉱石を紹介
|
ウミユリの化石
|
3 入間川の上流部の生きもの
上流部の生きものの紹介では、山地でもある上流部特有の、ヤマネやホンドリス、キュウシュウノウサギなど山地で見ることが出来る動物が紹介されている。
中でも希少動物のヤマネは飯能市の山地で見ることができ国の天然記念物に指定されているもので、展示ではヤマネの冬眠の様子をうかがうことが出来る体を丸めた状態の剥製標本などが展示され見ることが出来るようになっている。
また飯能市の天然記念物に指定されているモリアオガエルの液浸標本と生態写真を展示して紹介されていた。
ヤマネの解説 |
かわいいヤマネの剥製標本 |
4 保護活動が行われているモリアオガエル
松本充夫先生からは上流に生息するモリアオガエルの保護活動の解説と植物の解説を紹介しておこう。
「モリアオガエルはその名の通り「森に住む青いカエル」の意味で樹上に産卵することで有名なカエルです。このカエルは地元の人たちの手によって保護されています。」
「保護の方法ですが水辺の無いところに卵を産むことがあります。当然そのような場所では孵化しないんです。そこで卵だけを採取して人工の池のような場所に卵を持っていきオタマジャクシになったら川に返してあげる活動を行ったりしているんです。これは、生きものを大切にする人たちが自主的に行っているんですね。」
「このことからも生きものを大切にする地元の人たちの自然に対する関心が伺えます。」
モリアオガエルの解説 |
「そのほか県西部の山間渓谷に生息するナガレタゴカエル、上流部の渓谷に生息するハコネサンショウウオなどの両生類など、上流部に生息する動物を知ることが出来るよう構成されています。」
右がヤエヤマカエル |
ナガレタゴガエルの解説 |
5 上流部の植物
「入間川上流部は降水量がおおく比較的温暖でカシ類やスダジイなど照葉樹林帯に分布する種が多く見られます。また、写真にもあるように山の急斜面にはアカラシ林も見ることができます。植物では県内でも降水量が多いこの地域ではアケボノシュスランやナチクジャクなど県内では希少な種が生息していることも知られています。また今回、植物の乾燥標本として展示してあるハンノウザサですが、地域の名前がそのまま植物の名前に付くことはあまり無いのですが、上流部の天覧山周辺が産地になっているハンノウザザを展示し紹介しています。」とお話いただいた。
照葉樹林帯の紹介 |
(右下)ハンノウザサ |
このほか隣の展示コーナーでは大型のニホンカモシカ、中型のホンドキツネなど多くの動物が生息していることがより分るよう剥製標本が展示されていた。
ニホンカモシカ
|
ホンドキツネ
|
6 入間川の鳥たち
次のコーナーでは上流、中流、下流の鳥が紹介されている。埼玉県の入間川流域には地域的にも、狭山丘陵などがあり数多くの鳥の生息が観察されている。
猛禽類の剥製
|
水辺の鳥たち
|
鳥類の紹介では里山にすむ猛禽類のオオタカやトビやノスリ、また水辺や湿地に観察されるカルガモやコサギ、アオサギなど、そして日常生活の中で身近に見ることが出来るスズメやツバメなどを形や大きさの違いなどを見て確認する事が出来る。
鳥類の剥製標本が並べられている
|
(左)カケス(右)アオバズク
|
また ここで展示している猛禽類は埼玉県で採取されたものだそうだ。もちろんむやみに撃って捕獲することは鳥獣保護法で行うことは出来ないので、山で死んだものなどを県の環境管理事務所から博物館の方に連絡があり収得し管理されている。このように多くの方の力により資料の収集が行われていることも是非知っていただきたいと松本充夫先生からお話いただいた。
7 中流部のアケボノゾウ化石
今回の展示では、多くの化石標本が展示されていたが、その中でもアケボノゾウに関する展示では、本物のアケボノゾウの化石や発掘風景のジオラマ、そしてパネル解説などを使いより詳しく知ることが出来るようになっていた。ここからは解説いただいた田口聡史先生のお話の一部を紹介していこう。
中流部コーナー |
「中流部のほうでは、当館にある化石の展示が目玉になっています。当館の一階地学展示ホールにもレプリカが展示されていますが、ここではアケボノゾウの本物の化石四点を展示し見ることができます。実物の化石はもろいのでなかなか長期間の展示を行っていないのですが今回は特別に展示させていただいております。中でも保存状態も良いアケボノゾウの臼歯は大きくアケボノゾウを代表する化石の部分です。」
アケボノゾウの臼歯 |
アケボノゾウの後肢 |
8 アケボノゾウ足跡の発掘の様子を再現
「このようなゾウの骨のほかにもゾウの歩いた足跡も化石として見つかっています。骨の化石から少し離れたところで見つかっているのですが足跡の大きさは30cmほどで、入間市の西武線元加治駅近くの入間川にかかる陸橋がありますがその周辺で平成3年に発掘によって見つかっています。」
アケボノゾウ足跡の発掘を紹介するコーナー
|
「その横には地層の断面を、はぎ取った標本を見ることができます。これは入間市博物館様からお借りしたものです。踏み固めた地層の断面が色の違いでみることが出来るのではないでしょうか。復元模型は地学展示ホールにありますのでその大きさと比べて見られるとよりイメージしやすいかと思います。」
「こちらの展示ではより発掘現場の臨場感を出すためにバケツなど実際の発掘現場で使用しているものも展示しています。そうすることで子供たちがより興味を持ってみてくれますね。」
現場のの様子を再現するバケツ |
足跡を再現 |
「一般の方には日本にゾウがいたことはあまりピンと来ないかと思います。しかしアケボノゾウの化石が発見された当時に生息していた動物の環境などを知っていただき理解していただけるのではと考えています。」
「足の化石が発見された当時はこんなに多くの足の化石が発見されたと言うことで現地に多くの見学者が来られたそうですから、今回の展示でも同様に驚かれた方もいるかと思います。」
9 入間川流域の化石
「このように埼玉県には、いくつか化石が発掘されている地域があります。今回の展示では先ほど説明したアケボノゾウが発掘された加治丘陵に分布する仏子層の地層を年代表と地質図などのパネルを展示しより理解していただきやすく工夫しています。」
加治丘陵の地質図
|
化石と地質とを解説したパネル |
「特に入間川流域と言えばアケボノゾウ、このキーワードを知っていただければと思い地質に関しては詳しく解説しています。」
「また、地質や発掘された当時の化石を知ることで現生に通じる植物や動物の生息の変遷を知ることが出来ます。古いからといって関係が無いのではなく現代に通じていることも知っていただければより入間川の自然を理解していただけるものと考えています。」
10 貝や植物の化石
「また埼玉県の入間市牛沢と言うところからいろいろな貝の化石が産出しています。今回の展示でも幾つか紹介しています。その特徴ですが、あまり貝殻は残っていないんです。こちらにあるのを見ていただくと分るのですが、白い殻が解けてしまっています。そのかわり貝のでこぼこした部分や模様などが周りの岩に印象となっての残っているのです。ちょうど穴のように見えますね。」
(左)ヤマトシジミ化石(右)現生のヤマトシジミ
|
(左)イボウミニナ化石(右)現生のイボウミニナ |
「ここでは、イボウミニナやヤマトシジミ、オキシジミなど現生と化石を比較し見ることが出来るかと思いますが年代的にも現代に近いのでそんな大きな特徴の違いはないことが分るかと思います。」とのことだ。
11 変わった形をした蛇糞(ジャクソ)石
また変わった展示では、蛇糞(ジャクソ)石が展示されていた。この蛇糞石は江戸時代から知れているものだそうだ。形が蛇に似ているからその名前が付いたもののようだが、かつてこの地域が干潟だったときの生物の巣穴がやがて別の砂が埋まり硬くかたまったもので蛇の糞のようだということで蛇糞石と呼ばれるようになったものだ。当然だが蛇の糞が化石になったわけではないが、当時の生きもの生態を知る分かりやすい資料として紹介しされていた。
形が蛇に似ている蛇糞石 |
メタセコイヤの球果とハンノキの球果 |
また、先ほど紹介した、アケボノゾウのほかに仏子層には植物化石や昆虫化石が産出している。その一部を写真で紹介されていたが、これらのことを通して、アケボノゾウのいた時代の古環境をしることができる。今回も紹介されていた水域に住むミズスマシ、森林に住むオサムシの仲間、水域〜湿地に生息していたコウホネの仲間の花粉化石などを通してこの流域でどのような植物や動物などの生きものが生息していたことを知ることが出来る展示になっていた。
ブシミズクサハムシ化石の解説 |
古環境の解説パネル |
12 中流部の動植物
中流部の動物では、アオダイショウ、マムシ、ヤマカガシ、シマヘビなど中流地域で確認された爬虫類の乾燥標本が紹介されていた。陸に住む貝の仲間として、ヒダリマキマイマイ、キセルガイモドキ、ナミギセルなども紹介している。ヒダリマキマイマイはその名の通り渦巻きがヒダリマキなのが特徴のある種類で右巻きの貝と比較するとよりわかりやすい。
このような陸産の貝は地域性が高いことで知られている。埼玉の入間川流域にどのような貝の仲間がいるかを知ることが出来た。
中流域で確認された爬虫類 |
ヒダリマキマイマイ(中央上) |
また、植物では、宅地に混じってコナラなど雑木林が残っているが、その乾燥標本を展示されていた。また低木層があまり発達しない落葉広葉樹林下のやや湿った場所では早春だけ花が咲く春植物が見ることができるが、ここでは、ユリ科のカタクリなどの写真が紹介されていた。
中流部の植物 (二段目左から二番目)カタクリの写真 (上段右から二番目)コナラ |
13下流部の動植物
下流域の自然を紹介するコーナーでは、魚や植物そして化石をまとめ展示されている。入間川の下流域には数多くの魚が確認されているが。下流域のコーナーに魚類をまとめ入間川水系で確認されている魚を紹介されていた。その中にはスナヤツメやギバチなど上流部の水のきれいなところで生息しているものなどもあった。
ここでも、動植物については松本充夫先生、化石などについては田口聡史先生の解説を紹介しながら展示レポートを進めていくことにしよう。
下流部の植物 |
|
14 入間川の魚たち
「このコーナーでは、入間川の魚類のこと知ることが出来るようになっています。入間川には全体で30種の魚が知られています。展示している容器にいれられた魚の標本ですが、色が白くなっていますが、博物館には調査研究のために古いものから最近採取されたものもふくめ多くの資料があります。このように展示する機会は少ないのですがとても資料としては重要なものなんですね。ここでは、希少な上流部のスナヤツメやギバチ、中流部ではホトケドジョウなどを展示しています。」
入間川の魚類(左)ギバチ
|
ニジマスやナマズなどの標本が並ぶ |
「下流部にはスゴモロコも記録されています 中流部ではアユやニジマス、カジカ、ホトケドジョウなども記録されていますね。」
15 下流部にある植物
「植物の方は都市化が進んでいるということで自然林が余りありありませんそこで、ハンノキやハリエンジュなどにスポットを当て写真と標本などを使い紹介しています。ハンノキは低湿地に生える特徴のある植物です。ハリエンジュは川岸に沿って生える樹木です。ハリエンジュは外来種で人が入り都市化が進むことで入り込み生息している種です。これらのことをより興味を持っていただき入間川のことを知ってただきたいですね。」と松本充夫先生から解説いただいた。
下流部の自然解説 |
16 入間川河床からの植物化石と入間川流域の地層
「川越市付近の入間川河床からは、約4000年前の地層から植物化石が産出しています。こちらにある化石も第四紀の新しい時代の化石です。」
入間川河床から産出した化石 |
|
「化石の出ている地層を紹介しますとアケボノゾウがあった仏子層、上流部の方では秩父中・古生層その中の石灰岩からたくさんの化石が出ています。ウミウリなどのサンゴなどは石灰岩からでています。秩父中・古生層では元の地層は古生代に作られています。」と田口
聡史先生から化石と地層との関係を聞くことが出来た。
17 多様な昆虫の世界をみる
会場に設営された柱状の展示にはハチやバッタやチョウなど昆虫が分類別に展示がなされ埼玉県の多様な昆虫の標本を見ることができた。
中でも昔はよく見られたタガメも展示されていた。現在では環境省版レッドデータブックの絶滅危惧種U類に分類されている希少な生きものだ。
そのはかには人の手や環境の変化のどで数を増やしているツマグロヒョウモンやアカボシゴマダラなど外来種もあわせて紹介されていた。
18 入間川について田口 聡史先生に聞きました
「埼玉県の川と言えば、利根川や荒川がよく知られているかともいます。入間川の長さは決して長くはありませんが、支流をあわせた流域面積は意外と広く埼玉県の約20%、5分の1にもなります。このことからも埼玉県の自然や人との生活に密接に関係のある川ということを知っていただけるのではないでしょうか。極端に長かったり、急流ではないですがかなりの面積を占めていて、その間に里山があり中流部には丘陵がありそこからはゾウの化石が見つかったり、そして下流部には人口の密集した地域がひろがり5分の1の中には埼玉の自然の多様さだけを見せている。と言えるのではないかと個人的には考えています。」
「このことからも「入間川の自然」展から身近にある自然の成り立ちから現代に至る多くの生きもののことをより深く学んで私達が自然のことをより身近に感じ隠れた発見を見つけていただければと考えています。」
今回の展示を担当され解説いただいた田口 聡史先生 |
「今回の「入間川の自然」で伝え見ていただきたいポイントですが。やはり人と自然との共生が合って私たちの今があることを伝えたいです。」
「また埼玉県指定の天然記念物になっているアケボノゾウの化石の実物は是非見ていただきたいと思っています。」とお話いただいた。
19 企画展「入間川の自然」を通して松本充夫先生
「この企画展示室(企画展示コーナー)は常設展示室を補うために設置された展示室です。企画展示コーナーの考え方ですが埼玉県立自然の博物館が開館して28年たっていますが、その間様々な資料を収集保管しています。」
「収蔵庫には様々な種類の収蔵資料がありますが、展示室にすべての収蔵資料を出すことが出来ません。また動物等の常設展示を見ていただくと分るのですがジオラマを中心とした展示構成になっていることもありより収蔵資料を活用するため、昨年は「埼玉の多様な生き物」、そして今回の「入間川の自然」といったように年に2回から3回程テーマを決め収蔵資料を使った展示をさせていただき、ご来館いただく皆様に埼玉の自然に興味を持ってもらい理解いただくことが出来ればと考えております。」
と今回の展示についてお話いただきました。
今回の展示を担当され解説いただいた松本充夫先生 |
今回の「入間川の自然」を通して入間川流域の特徴、そして地形的な特徴の上に生きものが成り立ち、そしてその環境に依存している生きも達のことを通して入間川の自然について知ってもらいたいというのが伝わる展示だった。
松本充夫先生、田口聡史先生、長時間にわたり解説頂きありがとうございました。
|