群馬県立自然史博物館第30回企画展 
  
「フィッシング-魚の生態と人の知恵-
   レポート
会期期間:平成20年7月12日〜平成20年8月31日 
                  
 

博物館で何回か行われる企画展。毎回趣向を凝らし生物と人々の暮らしに時代を超えスポットが当てられる展示資料には何時も魅了される。群馬県立自然史博物館の今年2回目の企画展もその一つに上げられるだろう。開催期間が終了してしまったので見そびれた人のためにその企画展の内容をレポートしていこう。
今回の企画展のテーマは「フィッシング」元来人と魚との関わりは狩をし「食」するものとして成り立っていた。それが現代では「レジャー」としての関わりがごく当たり前になっている。この企画展では、魚を食するためだけに存在するのではなく、フィッシングを通し人々の心をいかに豊かにしてくれるかという釣りの資料や魚をテーマに紹介している。もちろん、人間からだけの視点ではなく、現在魚たちがどのような環境におかれ、どのような状況に陥っているかも知ることが出来る展示だ。



会場入り口

釣りを楽しむ写真が展示されている

1 魚を知るための基礎知識


「魚」といってもどのような種類があるのか、またどのような器官がありどのような働きがあるのか知らないことにはフィッシャーマンとはいえない。そこで最初のコーナーではさまざまな魚の種類と魚にまつわる基礎的な学習コーナーになっている。まず魚の形とその種類を剥製から見ることが出来るような展示になっている。海水に生きるもの、淡水に生きるものと、その形状・大きさを比較しながらその違いを見ることが出来るようになっている。その向かいには魚の器官の紹介をフリーズドライにより生きたままの形状に近い形で臓器や器官を詳しく見る標本が展示されている。この標本を作製するためには少しずつ水分を蒸発させ完成までに数週間の時間を要するとのことだ。今回の展示では、コクチバスのフイーズドライされた標本が生きていた時に近い色で彩色されていた。また、魚の和名と学名など基礎的な知識がパネル展示されていた。


形態の違う魚標本を展示

魚の器官をフリーズドライされた標本で見ることが出来る


さらに、日本のレオナルド・ダ・ヴィンチといわれる松森胤保(まつもりたねやす)の両羽博物図譜の世界として約二百年前に描かれた魚の図譜が展示されていた。アユの図譜では「鮎は軟柔にして其の味至美上等の魚なり・・・」と当時から美味しい魚だということがわかる一文もある。このコーナー最後には歯やエラといった魚の餌に関わる解説がされている。その中でも餌をこしとる働きを行う「サイハ」の形状が雑食と肉食とで違うところがフリーズドライ標本で見ることができた。


コクチバスの彩色されたフリーズドライ標本

両羽博物図譜のなかから


魚の口と歯をパネルで解説

魚によるエラの違いをフリーズドライ標本で見ることが出来る


2 釣りの歴史と道具


釣りに必要な物といえば、糸と針そして竿、最後に餌ということになるが、このコーナーでは、釣りに欠かすことが出来ないそれら道具を時代ごとに解説し展示してあった。現在一般的に使用されている釣り糸の素材はナイロン製だが、1935年にアメリカのデュポン社がナイロンの合成に成功する以前は本テグスが使用されていた。ナイロン製の釣り糸しか見たことがない筆者にはそもそもナイロン製の糸のことをテグスと呼んでいると思っていたが、元々は中国産のテグスサンというガの幼虫から作られていたということだ。日本ではテグスサンの代わりに使用されていたクスサンのガの標本と実際にその当時のテグスを見ることが出来た。


釣りの歴史コーナー

年代の違いによるテグスの種類

その他に古墳時代の針のレプリカや近代から現代に至る針や浮きそしてオモリ等も展示され、その形状の違いに注目するのも面白い。また、釣竿を紹介しているコーナーでは、竿に使用されている性質の違う竹も並べられ、竿のパーツごとに使い分け製作されていることを知ることが出来るようになっていた。その他展示されていた竿には江戸和竿師四代目東作や二代目竿忠 中根仁三郎 といった名工たちの釣竿も並べられ、使うのをためらわせるかのような見事さに思わず釣りをしない筆者もため息が出るものばかりだった。


右がクスサンで左がヤママユの成虫

いろいろな種類のオモリ


竿に使われている竹の種類

山女魚竿 作者 四代目東作松本三郎兵衛正次郎 

3 魚の生態と釣りについて

次のコーナーはズバリ釣り。魚の気持ちは人間にはもちろんわかるはずもないが生態を知ればその行動は予想可能。魚の生態と釣りテクニック仕掛けを展示し見ることが出来るようになっていた。まずコーナーのはじめに釣りのルール説明があり、尾数制限、禁漁期間や全長制限など釣りを行ううえでの基礎知識を学ぶ、釣りの文化のパネル、歌川国芳の錦絵も展示されており釣りの歴史深さを感じさせられる。


釣りコナーでは魚ごとにつりの仕掛けが紹介

釣りにまつわる歌川国芳と三代目歌川広重浮世絵を紹介

それでは順番に解説されているコーナーを見ていこう。まずはフナ釣り、小さな玉うきを5個くらいつけエサが底につくようにしたシモリ釣りの仕掛けを見ることが出来た。またウグイ・オイカワの釣りでは小さなオモリを付けた軽い仕掛けを自然に流すふかせ釣りの仕掛けと餌になるキンバエの幼虫の標本が並べて展示されていた。細かくあげると切りがないが、その他コイ釣りの吸い込み釣りの仕掛け、ヤマメ・イワナの釣りのテンカラ釣りとルアー釣り。タナゴ釣りのミャク釣り。ワカサギ釣りの穴釣りでは、防寒具や穴あけ用ドリルなど実際に行われている様子を再現されていた。このほかアユ釣りのトモ釣りなど魚の特性や性質を理解し釣りに生かしていることがわかるようになっていた。また、それぞれの魚の違いによる餌の違いが魚の器官の違いにいかに影響を与えているかがよくわかるようになっていてコイ釣りのコーナーでは貝類などを噛み砕く咽頭歯の説明と骨格標本の実物を見ながら学習することが出来るようになっている。また、ヤマメ・イワナの釣りの展示では、1950年代のスピニングリールからハーディー社製のルアーの初期型など時代物の道具に食い入るように見ている人も見られた。


イラガとイラガセイボウの解説標本

時代の違うルアーとリール

ワカサギ釣りの解説

フナ釣りの解説

4 擬餌と標本とフライフィッシングの世界


フライフィッシングの世界のコーナーでは、フライといわれる渓流に生息している魚の餌となる水生昆虫を模して製作された擬餌と、その元となる水生昆虫等の標本を比較し見ることが出来るコーナーになっている。フライフィッシングで重要なのは、渓流魚のいる環境に適した水生昆虫を選べるかどうかということらしい。当然それに対応するにはその環境を理解しフライを準備しなければならないということだ。文章で説明するのも難しいがナオミフタスジカゲロウの生活史として幼虫から成虫に至る変遷を標本をとして、フタスジモンカゲロウなどのフライと標本を通してその違いを確認することが出来た。また。フィッシングジャーナリストの佐藤成史氏のフィッシングベストやカゲロウやユスリカなどの解説パネルと克明な生態写真パナルが展示されるなど、フライフィッシングの魅力を満喫できる趣向になっていたのが印象的だ。



フライフィッシングのコーナー

ナオミフタオカゲロウノ生活史 幼虫から成虫まで標本で構成されている

フタスジモンカゲロウのフライと標本

手前のフィッシングベスト佐藤成史氏のものだ

5 日本に分布するサケ科のなかま


現在環境省版レッドデータリストの絶滅種に挙げられているのが4種類、どれも標本としてみるのも珍しいものばかり。このコーナーではその中でクニマスの液侵標本をみることが出来た。クニマスは秋田県の田沢湖に18世紀の中期以前より知られており大正14年の記録では10ヶ月の間に3万匹もの漁獲があったそうだ。それが1940年頃から始まった灌漑利用のため近隣の玉川温泉から流れる強い酸性の温泉水が流れ込み水質の変化により絶滅したらしい。今回展示された標本は1920年に採取された物が展示されていた。また、日本に在来する3属(イトウ属、イワナ属、サケ属)の剥製標本も展示されていた。



絶滅したクニマスについて詳しく解説

絶滅したクニマスの標本

日本に分布しているサケ科の解説

サケ科の剥製標本を見ることが出来た

6 魚たちは今

先ほどのクニマスではないが人為的や環境の変化で魚の生息域は種によって大きく変化している。絶滅が危惧されている種、外来種が数を増やすといった問題は、魚には責任は無いとは言え在来種の保護といった視点では見逃せないところまできている。このコーナーでは群馬県下での絶滅・絶滅危惧されているものと逆に数を増やしている外来魚の紹介をしている。埼玉県熊谷市で絶滅危惧が懸念、また群馬県の絶滅種として新たに考えられているムサシトミヨ。群馬県内にて昭和9年に採取された標本を見ることが出来た。また、特定外来種として現在13種が指定されている中で、オオクチバス、コクチバス、ブルーギル、スタライプトバス、コウライケツギョ、チャネルキャットフィッシュ、などの標本などが見られた。特定外来種以外の外来種としてはその大きさが特徴のコクレンやアオウオなどインパクトのあるものがひときわ目立っていた。


特定外来種を標本を通して紹介

手前右がブルーギル奥がオオクチバスの液侵標本

巨大な外来種コクレン

群馬県下でかつて生存していたとされるムサシトミヨ

7 魚類の増殖と保護と

展示最後のコーナーは魚類の増殖と保護のコーナーとして、タナゴを例に挙げ群馬県下で行われている保護の状況と最高級ニジマス“ギンヒカリノ”養殖の現状が紹介されていた。


ギンヒカリの標本

群馬県で行われているヤマメとギンヒカリノ養殖の状況を解説

また群馬県下在来のヤリタナゴのような環境の変化に左右されやすい種をいかに外来種との混在する環境の中で保護し回復するか、という課題を知ることが出来るように展示されていた。会場には実際にヤリタナゴと外来種のタイリクバラタナゴが並べられていた。


魚類の増殖と保護のコーナー

タナゴの現状と保存活動状況をパネルで紹介


群馬県在来のヤリタナゴ

外来種のタイリクバラタナゴ

8 最後に

自然を相手にするレジャーは数多くあるが、生きたものを相手に人間の知恵と体力を使うものは、そう多くないはずだ。今回レポートした企画展はフィッシングを軸にして自然と遊びながら自然科学を学び、又文化として歴史を学ぶものだった。さらに魚の種を通して自然保護を学ぶといった、見る人の視点によってさまざまなことを学ばせてくれる展示だった。会期が終わってしまった展示ではあるが少しでも多くの方にこの企画展のことを知っていただければ幸だ。
最後に絶滅・絶滅危惧種に指定されているもので展示されていた物を紹介しておこう。絶滅クニマス、チョウザメ、絶滅危惧種ムサシトミヨ、ミヤコタナゴ
、ゼニタナゴ、シナイモツゴ、準絶滅危惧種マルタニシ


絶滅に指定されているチョウザメ

準絶滅危惧種のマルタニシ

ゼニタナゴ

シナイモツゴ

9 何時でも身近に多くの魚がいる環境を(金井英男先生に聞いて)

今回の群馬県立自然史博物館第30企画展「フィッシング ―魚の生態と人の知恵―」を担当されました金井英男先生にお話をお聞きしました。

今回の展示会で何を伝えたかったでしょうか

「今回の企画では、趣味である釣をターゲットにあてて魚を取り巻く環境のことを知ってもらいたかったです。

「また、釣りというのはあくまで漁ではなく趣味であり日本の文化です。趣味の釣りは江戸時代から続いていると思いますが、日本の文化としてとらえ紹介したかったです。」

「竿や浮きにしても魚と生態のかかわりで練られ芸術的に高められたものです。そういったものを伝えたかったですね。」

「しかし、ただ竿を並べるだけではなくどんな竹が使われているかを知ることでより自然に関心をもってもらえればと持っています。テグスの由来もそういったもののなかなの一つですね。餌にしても幼虫を餌にすることが多いですがその幼虫がどのように成虫になっていくかも知ってもらいたかったです。」

展示で難しかったところ

「時間的に余裕が無く、もう少し生態形態について詳しく充実させたかったですね。それぞれの釣りのところで、たとえばアユのところではアユのクチの写真とかアユの付着藻類を食べる瞬間のところとか、どんな藻類を食べているかを見せたかったです、時間的に難しくて出来ませんでしたが。」

「それと今回の展示会では多くの企業の方のご協力を多くいただいて広がりのある展示を見せられたのはよかったと思います。協力いただく際に足を運ばせていただきお願いすることで、博物館展示の存在を知ってもらうことにもつながっていきますので。」

来館者の反応はいかがでしたか

「これまでの展示会とは違う層のお客様に大変多く来館していただきました。釣りのコーナーでは熱心に食い入るように展示を見ている方もいらっしゃいましたね。」

「博物館ではこのような展示の場合魚類展ということになるんでしょうが、フィッシングという趣味を切り口で行うことでより層の違うお客様に来ていただいたんだと思います。」

最後に一言お願いします

「いつまでも魚釣りをレジャーとして楽しめる環境を保っていくことの大切さを感じてもらっていただければいいですね。そんなイメージでこの企画をしてみました。気がついたら身近にいたフナやハヤがいなくなったら困ってしまいますからね

金井英男先生どうもありがとうございました。今回の展示では金井先生が普段使用しているワカサギ釣りの道具も展示されていました。また、協力団体は49団体、個人の協力者は78人を数え多くの方々の協力で行われたことがわかります。どうもご協力いただきありがとうございました。


この内容については、群馬県立自然史博物館の協力を得て掲載しています。

群馬県立自然史博物館 第30企画展 
   フィッシング 
-魚の生態と人の知恵-
期間:平成20年7月12日〜平成20年8月31日 
(休館日は博物館ホームページを確認ください。)

観覧料:一般/700円(560円)・高校・大学生400円(320円)・中学生以下無料(※()は20名以上の団体料金です)※身体障害者手帳・療育手帳または精神障害者保険手帳をお持ちの方とその介護者1名は無料/上記料金で常設展、企画展ともに観覧できます。


 

お問い合わせ 群馬県立自然史博物館  電話 0274-60-1200(代表)
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