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天皇陛下御即位20年記念展示
「ハゼの世界とその多様性」
開催期間:2009年12月22日(火)〜2010年2月28日(日)
開催会場:国立科学博物館 日本館1階中央ホール
国立科学博物館・日本館1階中央ホールにて、天皇陛下御即位20年記念展示 「ハゼの世界とその多様性」が2009年12月22日(火)〜2010年2月28日(日)の期間開催されている。今回の企画展では天皇陛下御即位20年を記念して、陛下がご研究されてこられたハゼの研究の成果を紹介するとともに、研究者が解明してきたハゼの世界を紹介する企画展だ。
展示では、天皇陛下のご研究を論文の他、写真資料や標本を紹介している。またハゼの様々な姿や進化がわかるような展示になっている。
会場全景
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展示会場に入るとまず目に飛んでくるのが中央展示ブースにある大きなポスターだ。今回の企画展のチラシにも使用されているこのポスターには多くのハゼの生態写真が掲載されている。その多くは色がきれいなものであったり、姿がユニークなものもありハゼの多様な形態を直感的に知ることが出来る。ここで撮影された多くは、ダイバーの方が撮影したものである。ダイバーが撮影されたものの中から新種の発見につながることもあるのだそうだ。
1 天皇陛下のご研究 から
ハゼの形態と系統分類学
展示会場中央には円柱状の展示コーナーに沿って陛下のご研究が紹介されている。
陛下がハゼの研究者ということはよく知られているが、実際にどのようなご研究をされているのかを一般の方が知る機会は多くない。
今回の企画展では論文や図鑑などを通してご研究の数々を見ることができる。
それでは順をおって展示を見ていこう。まず天皇陛下のご研究を紹介しているコーナーでは、陛下がご研究された論文の一部を見ることが出来る。陛下はこれまでハゼの分類に関する論文を31編発表し、その業績は国際的にも高い評価を受けられているのだそうだ。またその横には陛下が共同で執筆された図鑑の抜刷りも展示されている。特に日本の魚の図鑑などでも多くの執筆があることを知ることが出来る。
また国立科学博物館にて陛下が皇太子時代に魚類学会でハゼのご研究を発表をされている写真も展示されている。
天皇陛下のご研究に関する展示 |
天皇陛下の論文 |
2 天皇陛下が発表されたハゼたち
陛下は大変多くのハゼの新種を発表されておられる。8種の新種と日本産の65種について論文や著書で新称をつけられており、今回の企画展でもこれらのことを知る液浸標本や資料を見ることが出来る。実際に展示されている液浸標本の中にはと体の大きさが1.5cm程にしかならないミツボシゴマハゼや体長が30cmにもなるコンジキハゼが見ることができる。また、その横にはヒメトサカハゼのタイプ標本(完模式標本)が論文とともに並べられている。また陛下は、ご研究に使用された標本を国立科学博物館に寄贈もされておられるのだそうだ。
天皇陛下が発表されたハゼを紹介するコーナー |
中央に見えるのがヒメトサカハゼのタイプ標本 |
3 形態と遺伝子でハゼの進化学に扉を開いた天皇陛下
陛下は皇太子時代より外部形態だけではなく、骨格系などの内部形態にも注目されて研究されている。近年ではDNAの塩基配列を使い遺伝子からもご研究を進められ、2000年にハゼの大進化に関する仮説を提唱されたことなどが紹介されている。
ハゼの進化に関する天皇陛下のご研究 |
DNAの研究に関わる資料 |
展示では沿岸性の小さなキヌバリの進化について解説がされていた。キヌバリは日本海側と太平洋海側とでは縞の本数が違うことが昔から知られていたそうだが、ただその違いにどのような意味があるのかはよく知られていなかった。しかしDNAを調べてみることで、日本海側と太平洋側では遺伝子的に違い独立した集団であることがわかったのだそうだ。その論文とキヌバリやその仲間の標本が展示されている。
4 天皇陛下と研究者とのご交流
このコーナーではさまざまな研究者の方たちと意見交換を通してより研究を高めてこられた陛下のご活動が紹介されていた。
陛下は多忙なご公務の合間に魚類の研究集会やシンポジュームにご出席されている事を知ることが出来る。
また、魚類学会の研究集会で若い研究者の方たちの成果に耳を傾けられている写真も見ることができた。
さらに展示では、そのような陛下のご交流ある研究者が陛下のお人柄とハゼの分類学への研究をたたえて学名に陛下の名前を付けたハゼが紹介されている。学名に人の名前を付けることを献名というのだそうだが、陛下は4種ものハゼにお名前が付けられている。
世界の研究者と交流される陛下の紹介 |
陛下の名前が献名された論文と標本 |
展示ではアメリカ人であるシュプリンガーとランドールによる新種の論文とともに、1992年にPlatygobiopsis akihitoの原記載論文が並べられている。
その横にはアレン(オーストラリア)とランドール(アメリカ)が発表したインコハゼ属の1種Exyrias akihitoの標本も展示されていた。
5 研究のご様子を知る貴重な資料
このコーナーでは皇居内の生物学研究所での研究のご様子と陛下が図鑑用に実際にお描きになられたハゼの線画が展示されている。
研究のご様子を知る資料 |
陛下直筆のハゼの線画と印刷されている図鑑 |
皇居内にある生物学研究所は国内外から貴重なハゼの標本が多数集められ、ハゼの分類学の大拠点になっている場所だ。展示では同研究所にて陛下がご研究されている最近のご様子を知る写真が展示されている。
陛下はご多忙なご公務の合間に、ハゼの専門家として「日本産魚類検索―全種の同定」のハゼ亜目の部分を担当されたことを知る資料が展示されていた。
今回の展示では陛下が担当されたアカオビシマハゼなどの線画の貴重な原図も見ることが出来た。この展示からも陛下が日本の中でハゼ研究の第一線でご活躍されていることがわかる。
6 ハゼの姿や生態の多様性に注目
企画展会場のちょうど角に設置された四つのコーナーには、ハゼの多様性、ハゼの形態と分類、ハゼの起源と進化、そしてハゼの生態が解説され、研究者から見たはぜの世界を知ることが出来る。
ハゼはとても種類数が多く現在では2200種といわれ、魚類の8パーセント(約10分の1)がハゼといわれるほど種多様性が高く、その姿や生態の多様性に魅了される人が多いのだそうだ。ここでは日本にいるダイバーや研究者たちが撮ったそんな魅力的なハゼの生態写真を見ることが出来る。
また、このコーナーでは、海辺に生息する有名なマハゼ、温帯性で潮の引いた岩場に出来る浅い水溜りタイドプールの水流にいるドロメ、また、淡水産のハゼの代表オオヨシノボリ、そして干潟に生息している有名なムツゴロウなどの液浸標本と写真が展示され、多様な生息環境のハゼについて知ることが出来る。
四つのコーナーにテーマに沿った展示 |
ハゼの種多様性を紹介したコーナー |
また形態や大きさといったハゼの多様性については、大きさが最大級の淡水〜汽水域に生息するホシマダラハゼ、海に生息しているハゼクチ、干潟にいるペリオフサルモドン・シュロッセリの3種類が展示されていた。
ハゼは小型の種がとても多いそうだ。その利点は、普通の魚ではすめないマイクロハビタットにすむことが出来る点。例えばマングローブの根の間等の狭いところや、別の生き物が作った巣穴の横に小さな横穴を掘って生息する小さなハゼもいる。
逆に大型化する利点は、捕食されにくくなることのようだ。
ちなみにハゼの大きさの体の最小種と最大種の差はシロナガスクジラと人間ほど違うとのこと、是非展示されている標本で確認していただきたい。
7 ハゼの形態と分類について研究者の視点をチェック
このコーナーでは陛下のご研究に大変関係がある形態と分類について展示されている。
研究者が研究する上でハゼの特徴をどのように捉え、またどのような方法を使って研究しているのか知ることが出来るコーナーだ。
先ほどの展示ではダイバーたちの生態写真を展示していたが、ここでは研究者が研究のために利用する標本写真が展示されている。
ハゼの形態と分類コーナー |
ハゼの標本写真が並べられている |
これらの写真はヒレがきれいに立てられている。つまりヒレなどの模様などの細かな特徴がわかるように撮影されているわけだ。研究者の注意点がわかるだろう。
魚の場合、側線が体側にあるが、ハゼの場合にはない種がほとんどである。それではどこにあるかというと頭部に集中していることが解説され、ここではハゼの頭にはたくさん孔器と、感覚管があることを知ることが出来る。ただ、孔器は非常に小さく、感覚管は皮膚に隠れているのでサイアニンブルーという薬品を使って一時点に染色し見やすくすることを知ることが出来た。
ハゼの頭部感覚器官を解説 |
体の内部にある特徴を調べる方法を紹介 |
「日本産魚類大図鑑」(東海大学出版会)には陛下が皇太子時代にお描きになられた各種のハゼの頭部感覚器官の線画が印刷されていた。
さらに研究者は外部形態だけではなく内部形態についても観寮をしている。ではどのようなものを使って研究をしているか解説されていたので紹介しておこう。まず1つ目はエックス線。エックス線を使うと脊柱骨やヒレのパターンなどを確認することが出来るのだそうだ。
ただ、エックス線の場合は撮影した一方向からしか見ることが出来ない。これをさまざまな角度から見るために透明標本をつくるのだそうだ。特別な薬品を使い数ヶ月をかけてつくるもので、基本的にはトリプシンという酵素を使って筋肉を溶かす。そして硬骨をアリザリンレッド、軟骨をアサルアンブルーという薬品で染色して研究者は骨の形を観察する。
さらにこれをさらにバラバラにして骨の形を観察することでより詳細に特徴を捉えることが出来るようになる。
外部形態に比べ、骨の形、筋肉などの内部形態は、生息環境による影響を受けることがすくなく、ハゼ同士の類縁関係を推定するのに適した情報が得られる。このことからハゼの進化についてよりわかるようになるのだそうだ。そのためには内部形態を知る研究が重要であるとのことだ。
8 ハゼの起源と進化
ハゼの分子系統樹からわかってきたこと
次のコーナーでは、ハゼの起源と進化を解説した展示がされている。陛下の研究グループは2000年にハゼ同士の関係を、ミトコンドリアDNAのシトロクロームbを用いて系統を推測されたことが紹介されていた。さらに、この系統樹をより簡略化し視覚化したものが大きく展示されていた。
ハゼの起源と進化のコーナー |
ハゼの分子系統樹と標本 |
ハゼに近い魚のグループ
ハゼに最も近縁の魚のグループは何か?、これは形態学の研究者たちを悩ます問題である。候補としてはハゼと同じスズキ目のグループのテンジクダイの仲間、それからウバウオの仲間、そしてネズッポの仲間。そしてカサゴ目のハリゴチの仲間がいる。これらが形態からハゼに近いといわれている。
2009年にアメリカの研究者がDNAの研究からテンジクダイが一番近いのではないかと発表した。ただし今後DNAの研究が進展し、解析する種や分析するDNA領域を変えると結果が変わる可能性があるので、このテンジクダイ科近縁説が正しい説として受けいれられるのはまだ先のこととの事である。
ハゼに近縁の魚が紹介されている |
ハゼの化石(右下) |
また進化に絡み化石についての解説と展示があった。進化といえば一般的には化石のイメージがどうしてもあるが、ハゼの化石はあまり研究されていないそうだ。ハゼは種類が多く、研究に必要な現生種の形態情報が不足し、研究が十分に進められないことと化石の専門家がいないことがその理由として解説されている。
9 さまざまなライフスタイルを持つハゼの生態
最後のコーナーではさまざまなライフスタイルをもつハゼの生態について紹介している。まずはハゼのライフスタイルの基礎、寿命と繁殖について解説されていた。ハゼの寿命は普通1〜3年ほどと考えられているが、中には3ヶ月ほどしかない種がいるそうだ。またハゼの繁殖だが、ハゼは性転換するものが知られているそうだ。サンゴの枝の間にすむダルマハゼは雄がいなくなると同じサンゴにいる最も大きな雌が雄になり、またオキナワベニハゼは状況に応じて雄が雌になるだけではなく雄が雌になることも知られている。
ハゼの生態コーナー |
ハゼの生息場所の解説 |
サンゴ礁では岩の割れ目や死んだサンゴの破片が堆積した「ガレ場」などに小さなハゼが、干潟では、ムツゴロウやトビハゼなどが生息し、このような干潟では他の場所にいないような特殊な形態をしたハゼが生息していることが。
さらに、真水と海水が交じり合う汽水域にも多く生息している。マングローブ林は、汽水域の代表だ。
ハゼとテッポウエビの共存関係
テッポウエビの巣穴に同居するハゼが多くいる。持ちつ持たれつの関係が一部のハゼのライフスタイルだ。
ここでは、テッポウエビが巣穴を掘ってハゼは門番の役割をすることが紹介されている。これは視力の弱いテッポウエビに視力のよいハゼが巣穴の外にいて異変や危険を感じると体を震わせテッポウエビに知らせる。するとテッポウエビは触覚からそれを感じて穴から出ないようにし身を守るのだそうだ。
展示では解説とあわせて共生するハゼを標本で紹介していた。
共存関係にあるハゼを紹介 |
ハゼの生態を知る映像が会場では流されている |
またダイバーや研究者が撮影した映像も見ることが出来る。
「サンゴ礁や内湾にいるハゼ」の映像の中には共生ハゼのハチマキダテハゼも見ることが出来た。
また多くのハゼの写真の下にはカウンターがあり、ハゼの人気投票が行われていた。
10 天皇陛下御即位20年記念展示 企画展「ハゼの世界と多様性」展示について
今回の企画展を担当されたおひとりで国立科学博物館 動物研究部 脊椎動物研究グループの篠原現人先生に今回の企画展の目的と是非見ていただきたいポイントをお聞きしたので紹介しょう。
「今回の展示は天皇陛下御即位20年記念事行事として行いました。また、それを機に普段研究者がどのようなことをしているか、ハゼ研究の第一人者であられる陛下の論文や数々の業績を広く紹介し、ハゼの多様性についてより多くの方に知っていただくことをくことを目的にしています。」
「是非見ていただきたいポイントがあります。それは特別に宮内庁からお借りした陛下が描かれたハゼの原図です。一般の方が陛下ご直筆の絵を見る機会はほとんどないと思われるからです。」
「プライベートなものでもあり、なかなか博物館などで展示するのは難しいのですが、今回は特に陛下の許可を頂きました。是非多くの皆さんに見ていただきたい展示物のひとつです。」
と展示の目的と是非ご覧いただきたい展示のポイントについてお話いただきました。
コメントを頂きました篠原現人先生 |
直筆のアカオビシマハゼとチチブの原図 |
企画展を通して篠原現人先生からのメッセージ
この企画展を通して先生からメッセージを頂きましたので紹介しよう。
「ハゼは種類数が多すぎて、研究が追いつかない魚です。今回の展示でハゼの研究に興味をもつ人が増え、さらに若い人たちが研究者を目指してくれればうれしいです。」
「また陛下はご公務の間に研究をされています。ご公務を行われながら、これだけの研究をされるのはすごいことなのです。」
「また、ハゼは大変きれいです。そのような形の美しさも知っていただきたいですね。」
とメッセージを頂いた。
企画展は2010年2月28日まで開催されている。
ハゼの多様な世界を是非ご覧いただきたい展示だ。
最後に今回の取材にご協力頂きました篠原現人先生、企画展に関われた皆様に心よりお礼申し上げます。
講演会のお知らせ
1月31日には今回の企画展に関連した講演会が開催されます。
最新の講演会参加情報につきましては国立科学博物館ホームページをご確認下さい。
国立科学博物館ホームページ http://www.kahaku.go.jp/
日時
平成22年1月31日(日)午後2時〜4時
場所
日本館2階講堂
演題
「“ハゼ展”の開催にあたって」
講師:篠原 現人(国立科学博物館 動物研究部 脊椎動物研究グループ 研究主幹)
「ハゼ学入門」
講師:林 公義(横須賀市自然・人文博物館 館長)
「ハゼは,なぜこれほど多様なのか?:DNA解析が明らかにした種の多様化の歴史」
講師:向井 貴彦(岐阜大学 地域科学部 准教授)
募集 100名
申し込み方法 下記必須事項を記入の上、メール又は往復はがきでお申し込み下さい。
【必須事項】(1)参加者の氏名、(2)住所、(3)電話番号、(4)年齢、(5)職業、(6)イベント名
【メールアドレス】kikakuten@kahaku.go.jp
【往復はがきお申込み先】 郵便番号110-8718 東京都台東区上野公園7-20 国立科学博物館
企画展示担当係 締切 平成22年1月27日(水)必着 注意 ・通常入館料が必要です(一般・大学生600円、高校生以下無料) ・家族またはグループでの参加希望の場合は、参加者全員の氏名、年齢をご記入ください。 ・申込者多数の場合は、抽選となります。
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