私たちの周りには様々な植物が生息している。しかし、私たちが観賞用や食用として意識するもの以外は、あまり目を向ける人は少ないかも知れない。ましてや「絶滅」してしまった植物の種をどれだけの人が知っているか・・・・。また絶滅が危惧されている植物も数多く存在するがどれだけの人が興味を持っているか声を聞くことは少ない。この状況を改善し絶滅危惧植物のことをより多くの方に知っていただこうと活動を行っている組織や人たちも数多くいる。その中でも、毎年、絶滅危惧植物を知ってもらおうと活動を行っているのが国立科学博物館筑波実験植物園だ。生物多様性を知る・守る・伝えるをキーワードに様々なプロジェクトを行ってきている。
今回は、昨年その中の1つ絶滅危惧植物の多様性地形図プロジェクトに関わられた、国立科学博物館植物研究部海老原淳先生にお話をうかがった。
絶滅危惧植物の多様性地形図とは絶滅危惧植物が多い地域を立体的に示しているもので、10km×10kmのメッシュの中にどれ位の絶滅危惧植物が含まれているかを高さであらわしたものだ。
現在では、国立科学博物館にて行われている企画展「日本の生物多様性とその保全 -生き物たちのバランスの中に生きる- 」では維管束植物の固有種の多い地域を立体的に示した固有種の生物多様性地形図も並べられ見ることが出来る。
また海老原淳先生は国立科学博物館にて発行している、ミルシル誌上でも国立科学博物に収蔵されている標本を再調査し、絶滅危惧植物の標本から多くのメッセージを伝えていこうとされている。
これら絶滅危惧植物についてと、国立科学博物で行われている研究などを通し標本の収集とその活用などについて語っていただいた。
まず海老原先生が所属しておられる植物研究部についてお聞かせ下さい?
まず植物研究部ですが、科学博物館の中で植物を研究しているのが植物研究部です。いまの生物の分類体系でいうとき菌類は植物には入りませんが菌類の研究者も含んでいます。いってみれば動物以外の生物研究をやっているのが植物研究部です。人数は植物園とあわせて17人研究者がいます。もちろん、植物研究もしていますが科学博物館ではつよい分類の研究。それからその生物多様性をキーワードに研究と活動を行っています。
先生の行っているシダの研究について具体的にはどのような研究をされているのかお聞かせ下さい。
私はもともと研究を始める前から植物に興味がありました。植物の中でもシダがおもしろいと感じていました。おもしろさにも様々な感じ方があると思いますが、一見同じように見えるものでも、その中にいろんな種類があるということに魅力を感じていて植物の中でも特にシダの研究をやってみたいと考えるようになりました。
大学の卒業研究のときから植物の分類の研究をしています。昔の植物の分類といえば形態だけで分けるのが普通だったんですが、いまでは形態だけで出来ることは限界があります。現在の分類学では、従来の形態ではわからなかったことを遺伝子情報などをつかって見直していくことが多いわけです。私も遺伝子情報を使う分子系統学をつかってシダの研究を行っているわけです。
その結果従来からいわれていた分類がくつがえされて、いまは新しい解析の結果に基づいて検証しているわけです。
分類の研究では種の雑種交雑など倍数性の解析などについても行っているんですか?
はい、始めからそのような複雑なところから入ったわけではなくて、すごく普通の分類を分子系統学から見直そうとスタートしました。実際そのようなことをやっていく過程で、何かこの植物は普通じゃないというのが見つかってくるわけです。それは普通に分子系統学のはんちゅうでは片付かないわけです。もっといろいろ倍数性を調べてあげたり、様々な手法を組み合わせてより丁寧に調べていかないと本当の生きている姿がわかってきません。私の場合は植物の中でもハイホラゴケというのをつかって、いわゆる網目状進化という現象を解き明かす研究をしていたわけです。
普通生物の進化というのは、どんどん枝分かれしていく系統樹をつくります。枝が分かれるだけで枝がくっつくことは普通ありません。しかし、植物の進化の過程で、枝がくっつくことが特に植物の中では考えられています。くっつくというのは具体的にはどのようなものかというと雑種が出来るということです。雑種が出来て終わってしまえばそこで終わりです。しかし、そこから子供が出来、あとに引き継がれていくということがあると、さきほどいった網目状進化というのがおきて非常に複雑な関係になっていくことがあります。
これはまさに進化が網目状に伸びていくということですね。
さきほどお話が出た、形態学的な分類の限界についてですが、例えば全部の生物が枝分かれをしていけばたしかに形態だけでわかるかも知れません。しかし、先ほどいったように実際は網目状になっていたり、たんなる枝分かれではなくて組み合わせですね。その組み合わせを見抜くにはやはり形態だけでは難しく、どのような組み合わせで出来ているのかを遺伝子レベルから解析しその情報から読み取る必要があるわけです。
ハイホラゴケはわりと薄暗い岩の上や洞穴の辺りに生息しているコケのようなシダです。
分布は、ほぼ日本全国にみられます。サイズも大きなものから小さなものまで様々な形をしています。図鑑に従って見れば、葉が何cmであればハイホラゴケとすると書いてありますが、実際はそこに当てはまらないものもあります。形だけで見分けるには難しい植物です。それには何か裏があるに違いないと考えました。種類も単純に枝分かれした4つの種類があるわけではなくて、何か特別な関係があり、そこに複雑な実態があるのではと丁寧に調べているわけです。
ハイホラゴケの研究にはどれほどの標本を調べられたんですか?
このときはいろんな標本庫に入って2000点ほど調べています、例えば、国内ではたくさんの標本を持っている東大、京大、国立科学博物館のですね、それらはすべて調べましたし、それ以外にも標本を調べ2000点以上の標本を調べそこからどのような形をしているのがどこにいるのかとういうのを調べて、このような形はこの地域にありますというのをまとめました。
そのように研究に必要な標本はどのように収集されているかを教えて下さい。
国立科学博物館にはたくさんの標本があります。100年以上もの長い時間をかけて集められています。その標本が入ってくる過程はいろいろあります。まず初めは、われわれ研究者自身が研究用に集めてくるものです。数としては限られてしまいます。1人が1年間に集められるのはたかがしれていますし、収集だけが仕事ではありません。ですからそれ以外に外部から多くの標本を寄贈していただいているわけです。どういった方に寄贈されていうかということですが、それは、おもに植物に詳しいアマチュア研究家の皆さんなどからです。ほかの生物もそうだと思いますが、そのような人達に寄贈していただくものがかなりの数あります。あとは、科学博物館として集めているのではなくて、他の博物館や標本庫との標本の交換をする仕組みが植物にはあります。国内に限らず海外のものも交換しています。台湾や中国、ヨーロッパなどからたくさんの標本が送られてきます。当然それらは採取しにくい標本ですので非常に貴重な標本ということになります。
もらうだけではなくて、かわりにこちらの標本も返してあげる。いわゆる標本の交換ですね。このような習慣がありますので研究につかえる標本が世界から集まってくるわけです。あるいは、国内の博物館にもありますね。
いま交換の話をしましたが、閉鎖した博物館などのまとまったコレクションをまるごと吸収することも最近では増えていています。
|
|
国立科学博物館植物研究部に集まった標本から新たな発見などもあるんですか。
個々のコレクションの中から、いまこれがと申し上げるというのは難しいですが、標本の数はとても大事です。もちろん質も重要ですが、まずは数が重要になります。先ほどお話したハイバラゴケの形態もすごく大きなものから小さなものまであるということも多くの標本があってわかることです。例えば特徴の違う4枚の標本しかなかったら4種にわけられるのかもしれませんが、例えば標本を100枚、1000枚並べた時に同じものの区別がつくかわからないですね。また分布図を描くときにも点が2,3個だと正確な分布はわかりません。しかし1000個あればどこに分布しているかがわかります。そのように、「数」は大事で多くのコレクションが集まってくるというのは様々な研究に役立っています。
私の行っている、この研究ですが、実はやり始めたのは、大学院のときからで国立科学博物館に入る前です。その後も非常に多くの標本を使って解析をして分布をきれいになおすことが出来ました。
しかし、この分布が何を示すのかわからなかったんです。しかし、再度位置情報を調べてみると、それぞれの関係が見えてくるんです。最初は見えなかったもがより分布の精度をまし、今度は、再度標本を見直すと形態をみただけでどの種にあたるのかがわかるようになります。
例えばこの形は日本海岸に多いとか太平洋側に多いとかというのがわかります。それは多くの標本をみないとこのような傾向は見えてはきません。標本が1つでは気づけないことです、多くの標本を調べることでわかるようになります。
私の研究でもたくさん標本を使って調べた結果、ハイホラゴケについて詳しくまとめることが出来ました。これも標本から恩恵を受けることが出来たということです。
研究者は新種を発見しているんじゃないかとかと考えている人もいると思いますが。
新種というのは分類学の世界や一般の人にもわかりやすい例ですが、新種が見つかることは、もちろん価値のある研究だと思います。しかし、それだけがすべてではありません、私たちがやっているのは新種を見つけるというのも1つの仕事ですが、生物の系統関係やあるいは先ほどもいいましたが、植物のぐちゃぐちゃに見える交雑した関係も実は意味のあったまとまりになっている、その実態を明らかにすることが大きな仕事です。
分類学者は以前新種をかくことが重要であるときもありましたが、今は、むしろ新種をかくということよりはそれらの生きている実態を明らかにすることに移行しつつあるのではないかと思っています。
そのような地道な研究が新しい解明につながっていきます。
少し話がとんでしましますが、国立科学博物館では、生物多様性の保全が重要なテーマになっていますね。このテーマの中には現在わかっている種だけを保全すればよいというわけではありません。解明されていない見かけではわからないものも守っていかなければならない、見かけの種だけではなくて、生物の本当の姿を1つずつ明らかにしていかないと守ることも出来ません。
まずは守るために知ること、まず知るということがわれわれは重要です。
標本は実際にどのようにつかわれていますか?
単純にシダの場合はどこに生息しているかということで使っています。しかし標本は様々な情報を含んでいることがあります。私はシダを扱っているので、花はついていませんが、シダの場合胞子がついています。胞子の形を顕微鏡でみてあげると、そのシダが雑種なのか雑種じゃないかという区別が出来ます。雑種というのは、普通子供が出来ませんから胞子もぐちゃぐちゃな形をしていて、発芽できるような形になっていません。増えるものはきれいな胞子の形になっているんです。標本から胞子をとるというのはすぐ出来ますので、きちんと顕微鏡をみればそのような情報をみることが出来、単純に形の話だけではなくて、こまかな情報が得られるんです。
標本は大事だということです。ただどうしても生きているものにくらべると情報料は劣るわけです。私も研究していく上で生きているものをあつかわなくてはいけません。標本だけではさきほどのような複雑なことを解き明かすことが出来ません。一度現地に生息している実物をみて、生えている状態をみないと出来ない解析方法もありますから、解析をしてその結果複雑な関係がわかる、そして情報を見直すとどこに生えているのかといった分布やパターンをみることが出来ます。生きているものはいつか死んでしまうので半永久に保存が出来る標本は重要になってきます。ただ研究にいたっては、生きているものと死んでいる標本をくみあわせて効果的な研究が出来るということです。
標本庫の中にあるだけではなかなか出来ないということ、生きているものを使いつつ標本も足す、そのことで質の高い研究が出来るわけです。
どのように標本が集まっているかをお聞きしましたが、実際に国立科学博物館ではどれぐらいの標本点数がありますか?
植物研究部では150万点ほどでしょうか。植物の中でも様々な分類群があるんですけれどもわれわれが管理している維管束植物(種子植物・シダ植物)は100万点ほどです。
それらの情報はすべてデータベース化されているんですか?
もちろんすべての情報がデータベース化されていることが理想ですが、もともと歴史のある標本庫というのは、オープンしたときからデータを入れていくわけではありません。開館当初からやればいいんですが、さすがに明治時代からは出来ません。あとから追加して入力していくわけです。しかし、あまりにも点数が多くデータベース化は2割程度です。今後もそれは続けて追加していかなければいけません。
最近では、インターネット上で国立科学博物館のデータベースが公開されています。
植物も遅れていましたがようやくデータベースが公開されました。2割ぐらいのデータが入っています14万5千点ぐらいです。なるべくつかってもらうために文字だけではなく大体の情報がわかる程度の画像がみられるようになっています。
収蔵庫にあるだけでは役に立たないですが、このように公開することで、まだまだ改良点はありますが、データベースを多くの方がみることも出来ます。
このようなデータベース化により問題になるのは産地の情報です。あまり隠しすぎるのもよくないのでそのへんのバランスが難しいですね。このデータベースでは、市町村レベルまでにとどめています、あまり警戒しすぎると公開出来なくなってしまうので影響のないレベルでと考えています。
|