ここからは先生が以前、国立科学博物館が発行しているミルシル誌(2009年7月(第4)号P20)で絶滅植物について執筆された「地球上から消えた植物」という記事についてお話をお聞かせ下さい。
これは「標本の世界」という連載記事の中で、研究員が順番に何かおもしろい標本を選んで紹介するという連載記事なんです。私が何かをかこうと思ったときに、昨年貴重な標本が入っている絶滅危惧植物のデータベースをつくっていました。その過程で貴重な標本が入っていることがわかりました。漠然とはわかっていましたがデータベース化を行うことで何が何点は入っていているかという具体的なことがわかるようになりました。
絶滅した植物が何点含まれているかということが、それまでははっきりと把握されていなかったわけです。データベースが出来て、実際に洗い出しを行うと、絶滅した植物がどれだけ入っているかがわかるようになりました。その情報もあって是非紹介出来ないかと思い、私の担当のときに紹介したわけです。
記事では絶滅33種のうち日本の固有種が10種、そのうち科学博物館では4種類の標本があったということがかかれています。それ以外にもわかったことがあるんですか?
標本をみると、絶滅した植物ですが、多く収められている種があることがわかったんです。もともと少ない種で絶滅した標本が1点しかなかったということではなく、絶滅した標本が10点以上もあることがわかったんです。タカノホシクサ等もそうですね。
ここから見えてくるのは、採取した当時には多く生息していたことがわかると思います。珍しいからたくさんとったものもあるんですが、それでも数えられるくらいのものがあったということです。もしかしたら誰も絶滅することを予測出来なかった普通の種だったのだと考えられます。
普通にたくさん生えていているものを採取しコレクションされた標本に入っている。しかしたくさんあったはずなのに現在では絶滅してしまったと思うのが普通ではないでしょうか。それを私自身このデータをまとめて感じました。その点も訴えたいと思い記事をかきました。
人間が関係したために絶滅したのが原因なんでしょうか?
直接的、間接的であれ影響はあると思います。
また最近感じていることですが絶滅危惧種という言葉が一般の方にも浸透し、ダムをつくるときや環境アセスメントをつくるときに利用される機会も多くなっていると思います。
しかし環境省から出ているレッドデータリストの中には、日本固有種で絶滅・絶滅危惧種になっているものと、そうではなく世界に多く分布していて、日本にも生息し絶滅危惧種になっているものを分けて考える必要があるのではと考えています。
環境省のレッドリストに載っている絶滅危惧種は、日本国内しかみていない面があります。海外に生息している種が考慮されていないものもあります。生物には分布がありどんな生物でも分布域の端にいけば当然数は少なくまれです。世界中に広く分布していてその端が日本をかすめるように分布する種も環境省のレッドリストには記載されています。
その一方で沖縄の1箇所にしかないものも同じランクに記載されているものもあります。そのひとつひとつは区別出来ないわけです。同じランクに記載されている絶滅危惧植物でも、よりグローバルな視点に立ち日本固有種と海外にも生息する種との再評価出来れば本当の意味での絶滅危惧種になります。
そういった意味からも「地球上から消えた日本の植物」をグローバルな視点で区別していく必要があるということです。
リストをみるだけではなくて。
本当は環境省もグローバルな基準で日本のものを評価しなおすということが出来ればいいのではと思います。そのためにはたくさんの知識が必要になってくると思います。海外のどこにあるのかということを調べなければいけません。いま現実的な方法として国内だけで評価しているわけですが、本当は私たち分類学者の知識を集め世界の中ではどうなのかを解明していくことが出来るのではと考えています。
そのような知識を整理しまとめるというのが博物館の役割だとも思っています。
まず私たちがわかっていないとみなさんにお伝えできないということがありますね。
はやくグローバルな評価というのが出来るといいと思います。
そこにも関係すると思いますが、国立科学博物館植物研究部のプロジェクトで日本固有の植物をとりまとめようということを考えている最中です。
その1つ目のステップとして昨年行われた企画展「琉球の植物」のときに初めて絶滅危惧植物の多様性地形図を展示しました。
これは、昨年まとめた絶滅危惧植物のデータから最初に取り組んだプロジェクトです。絶滅危惧種は、種数でいえば2000以上ありますが、それぞれ比較的まれなものが多く、データの件数が少ないだろうということが予想されました、そしてまとめあげたのが昨年の企画展「琉球の植物」に展示した絶滅危惧植物の多様性地形図です。
これは1つのステップで、先ほどもいいましたが1つの指標にはなりますが絶対的なものではありません。
次のステップでは何に着目するかですが狭い範囲にしか分布しない種類を洗い出したい。ただ、狭い範囲に分布しているものを洗い出したいといっても漠然としすぎていてなかなか難しい。そこで日本にしかいない分布域の狭い固有種を洗い出していく方針で次のステップに取り組んだわけです。
昨年絶滅危惧植物展では、地形図とともに日本固有種の多様性ホットスポットに関する展示も詳しく解説されみることが出来ましがそれも先生のアイデアですか?
どのような結果になるかわかりませんでしたが得られたデータをみてあのような結果になったということです。
あれはあれで意味があることだと思います。特に多くの方に説明するときにもわかりやすい材料になりました、ただそれで完成というわけではなくて、より真実にせまっていく必要があります。そして今度はこのような種、より狭い範囲にしか分布していない種類がどこに多いのかをわかりやすい形でまとめていこうとしたのです。
絶滅危惧種にくらべて標本数は格段に多く1年間でまとめるのは大変だったんですけれども、データがまとまりましたので5月1日からの企画展「日本の生物多様性とその保全−生き物たちのバランスの中に生きる―」では同様の多様性地形図で公開します。
いろいろみていただければと思います。将来的には、例えば絶滅危惧種と固有種を並べその差をみることでわかってくることがあるのではないでしょうか。
固有種の計算もいろいろありますが、固有種の地形図と絶滅危惧植物の地形図の共通の地域を見ると、例えば西表島の絶滅危惧種というのは、大体は台湾に共通しているものが多いのであの辺りは山が低くなります。
北海道の礼文島になると絶滅危惧種だけれどもさらに北の地域と共通するところも多いので低くなっています。
そのようないくつかの違いはありますが、やはりおおむねの傾向としてはよくパターンが似ています。
特殊な石灰岩の山などの土壌をもつ場所の方が固有種も多いし絶滅危惧種も多いことがいえます。
|
|
先生の分類学の研究にはどれだけ標本データを集めたかが重要になってきますね。
それしかないわけです。研究のベースとなるものはそれら標本データです。また私たちのデータを活用してもらうことが多くの研究のためには必要であり重要であると考えています。ようやくそのようなデータも提供出来るようになりました。
「日本の生物多様性とその保全−生き物たちのバランスの中に生きる―」の展示について
今回の企画展のコンセプトとしては、標本の展示はそれほど多くないと思います。なるべく生態写真などを並べることでよりメッセージを伝えやすくしています。
国立科学博物館には分類学者が多く、分類学に関しては強みがあります。その点では分類学からも多く発信出来るものもあると思って取り組んでいます。コシガヤホシクサの例もそうですが、とくに種のレベルの多様性の保全というところを紹介しています。
最後に、先生からメッセージがあればお願いします。
まずいろんなものに興味を持ってほしいです。
私は自身の研究を自分でテーマを考え研究をしてきました。そのスタート地点は実際に植物をみて、その植物の見分け方がどうして難しいんだろうと考えるところからスタートしています。それで見分ける難しさは何なのかと考えた時、先ほどのような裏の隠れた実態を自分の力で解き明かしていく研究をやってきました。どのような研究でも、自分で「なぜ」と思った研究から発展させていき、解き明かしていくというのは素晴らしいことだと考えています。
例えば、植物とか動物など生物の研究、特に分類の研究というのは案外自分の手の届くところで地道にたくさんデータを集めてることが出来ればこたえが出せることが多いわけです。そのようなところに自分自身は魅力を感じるわけです。ここから研究をすすめ、そのような研究の重さを伝えられればいいなと思っています。
今後の研究や活動についてどのようなことをイメージされていますか。
研究をやりつくすことはないと思います。時間がたてば新しい技術が導入されて、昔は出来なかったことが出来るようになっているかもしれませんね。ただ生命すべてが解明されているわけではないでしょうから、やりつくすことはないと思います。
ただ私自身が最近研究をしていて強く感じることは、すごくひとつひとつの研究の内容が細かいことです。人によってはどうでもいい研究だとおもわれるかたもいるかもしれません。しかしそのような研究でも、ひとつひとつが行われなければ、絶滅危惧種がどこに多いかすらわからないわけです。
こまかな研究、地道な研究の積み重ねで全体が見えてくる。
ひとつひとつの研究をおろそかにしてはいけません。
そしてこまかな研究の成果をまとめ、そして全体を見渡すような研究へと発展させる必要があるのではと考えています。
その両方が大事です。こまかな研究を木にたとえると、木ばっかりやっていては、いまの時代、分類学の知識がすすんでいきません。自分で木(こまかな研究)をみながら森(全体を見渡す研究)もみる。そのようなとらえ方をしなければいけないと思っています。
1つの分類を調べるにしても何千というデータを調べなければいけません。
それはすごく手間がかかることは事実です。しかし、だからといってそこで終わってはいけません、いままで積み重ねてきたこと、周りの方がまとめたデータから何が見えてくるか、そのような結果から多様性地形図も出来るわけです。このように全体をまとめてどんなことがわかったのか発表することで社会に貢献していることが理解されるとおおいます。
そのような意味でも多様性地形図は全体を見ることが出来る森です。
そのようなデータの蓄積は必要ですがまだまだそろっていないとことが多いですが、その部分は今後の課題だと思います。
データをほしいという方々は多いと思います。そのような意味でも分類学者はそれらデータを出来るだけは早くとりまとめる必要があるのではないでしょうか。
そのような社会のニーズにこたえなければいけません。生物多様性の評価も何もデータがなくては出来ないのです。
-----------------------------------
長時間のインタビューありがとうございました。
海老原淳先生が担当されました,
生物多様性地形図が国立科学博物館(上野)にて現在行われている企画展「日本の生物多様性とその保全−生き物たちのバランスの中に生きる―」でも展示されています。今回の展示では、繁殖鳥類の種数をあらわした生物多様性地形図と維管束植物種の固有種指数をあらわした生物多様性地形図が並べられ見ることが出来ます。
それぞれの展示から生物多様性を考えてはいかがでしょうか。
またインタビュー中にあった国立科学博物館の収蔵データベースは国立科学博物館のホームページから見ることが出来ます。
絶滅種チャイロテンツキ
採取地 沖縄県 採取年月日 1936年7月 サイズ 全長
左 35cm 右 38cm
国立科学博物館 植物研究部 収蔵標本
|