博物館に行くと多くの標本資料が並んでいる。しかし「この標本はどこから?」とふと思うことは無いだろうか。多くの博物館ではより資料を増やすために採集、寄贈、購入などの方法で収蔵する資料を集めている。特に、現在では採取不可能なものや購入が出来ないような標本資料などは個人のコレクターの方たちの資料が博物館に寄贈する形で管理、保管されることがある。それらの資料はとても貴重な資料として扱われているのだ。今回群馬県立自然史博物館で行われている「きれいで不思議な貝の魅力」展もそうした個人のコレクターの貴重な資料と、博物館収蔵標本のコラボレーションにより、世界、日本、群馬、また古代から現在の貝、さらに貝にまつわる文化までも網羅した展示を見ることが出来る。そんな、貝の不思議で魅力ある展示の様子をレポートしてしこう。
展示会場入り口 |
貝と人とくらしのコーナー
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1 人の生活と貝との関係
今回の展示の構成は大きく6つのコーナーに別れている。それぞれ、貝と人とのくらし、貝の分類と進化、そして貝に魅せられたコレクターの方たちのコーナーなどだ。
また、今回の展示の特徴は貝殻だけではなく軟体部と言われるいわゆる肉の部分が多く展示されているところと、貝の化石標本なども見ることが出来る
点が特徴だ。それでは、展示を見ていくことにしよう。
そめる、あそぶ、かざるなど、キーワード
ごとに展示 |
アカニシのパープル線を標本で解説
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まず会場の入り口を入ると、貝と人とのつながりを知ることが出来るコーナーになっている。貝というとどうしてもアサリやシジミ、ホタテなど食べるものをイメージするのが一般的だが、貝の殻を利用した螺鈿細工やボタンなどの工芸品、貝殻から作られる玩具などさまざまな用途に使われていることを知ることが出来る。その他、貝の体液を染料として使用した染物も紹介されていた。これは、イボニシ,レイシガイ、アカニシなどのアクキガイ科の巻貝の粘液で紫に染めるというものらしい。展示では、粘液を分泌するパープル腺の紹介をアカニシの標本を使い解説し、実際に色鮮やかな紫色に染められた貝紫の糸やマフラーなども展示されていいた。この「貝と人のくらし」コーナーでは、他に貝殻を利用したランプシェードや貝の擬餌餌など人のくらしにのなかにあるさまざまな貝との関係を知ることが出来るようになっている。
貝殻で作られたランプシェードはきれいに通路に
並べられている
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きれいな螺鈿細工が展示解説されている
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またコーナーの後半には、貝の食文化の紹介としてお寿司屋さんに似せたディスプレーに、お寿司とそのネタ元になった貝標本を並べ比較し見ることが出来るようになっていた。
お寿司屋のカウンターを連想させる
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お寿司とネタ元となった貝標本が並べられ
ている
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貝が使われた料理
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サザエの生態展示もされたいた |
2 真珠のコーナー
貝から作られる宝飾品としてその代表に上げられるのは真珠ではないだろうか。真珠の歴史は螺鈿細工などの歴史に比べると新しく、近代に入り真珠王 御木本幸吉氏の真円真珠の養殖技術の向上と完成によって、養殖真珠の企業化に成功し、多くの女性を飾ることが出来るようになったとのこと。コーナーでは、実際に真珠が製品として出荷されるまでの工程をビデオと道具などを通して知ることが出来るようになっている。また真珠が出来る貝としてアコヤガイが知られているが、その他「黒真珠」を作るクロチョウガイ、「淡水真珠」を生むイケチョウガイなども展示され比較し見ることが出来た。それぞれの貝によって色や形に違いがあるので確かめてみると楽しい。
真珠のことを詳しく解説
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アコヤガイと真珠は拡大してみてみよう
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アコヤガイの成長過程を知ることができる |
貝によって違うさまざまな真珠
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3 貝の分類のコーナー
現在貝の仲間は7つの分類に分けられる。一般的に貝として知られているアサリなどの二枚貝類や巻貝などの複足類の仲間以外に貝の種類は多岐に及んでおり、その種類の数は昆虫など節足動物の次に多いグループが貝の仲間(軟体動物)と言われているほど。このコーナーではそれら貝の特徴を分類ごとにわけ解説展示されている。
軟体動物と貝類の分類を解説
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腹足類のアラフラオオニシ
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今回展示会のポスターにも紹介されているオオベソオウムガイだが、オオムガイ、ヒロベソオオムガイ、そしてオオベソオオムガイと三種類のオオムガイの仲間の標本が見ることが出来る。また一緒にオムムガイの断面標本も並べられ貝の中にある連室細管の様子を知ることが出来るようにもなっている。
アンモナイト類の化石とオオムガイ
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オウムガイの連室細管を見ることもできる |
展示には生きたオオムガイを水槽で観察できるようにもなっていた。その他、巻貝の殻の成長の解説、二枚貝の構造などを真空凍結乾燥(フリーズドドライ)された標本により軟体部を見ることが出来る。真空凍結乾燥(フリーズドドライ)標本とは一度採取した標本を見やすいように形を整え、真空凍結乾燥装置の中で気圧を下げ水分を取り乾燥させて製作される手法で作られる標本だが、貝類のように軟体部が非常にデリケートな固体にはとても有効な手法だそうだ。
二枚貝の体のしくみ
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オウムガイの生態展示
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また変わった展示では、アカカイの中に隠れ共生するにカギヅメピンノが入った状態で標本化されたものなどもあった。
貝の中に小さなカニがいる
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サザエを解剖した標本 |
4 貝の化石のコーナー
このコーナーでは古代に生息した貝類の化石標本から貝の進化について知ることが出来るコーナーになっている。分類のコーナーでも貝の種類についての解説があるが、ここでは、何千万年という時代を超えて貝の化石で見ることが出来る。また進化の過程で殻をなくした貝類として異足類のヒメゾウクラゲ標本も展示されていた。
大きな化石標本
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左がヒメゾウクラゲ右がアオイガイ
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さらに中世代(約2億5000年前〜6500万年前)の化石展示の多い中、新生代第三紀(6500万年前〜180万年前)の珍しいエオトリゴニアの化石も見ていただきたい。その他、その長さが約1.5mもあるイカの仲間レプトテウチスの化石やこの展示ではもっとも古い先カンブリヤ時代末期(約6億年前)の軟体動物のキムベレラの化石まで時代ごとに展示しているので貝で時空を超えた古代のロマンを感じるも楽しみのひとつ。
エオトリゴニアの化石 |
キムベレラの化石 |
5 貝の魅力にひきよせられたコレクターを紹介
この企画展の多くのスペースを割き展示しているのが個人のコレクターの方たちの資料をまとめ展示している世界から群馬の貝だ。今回の展示では、世界の貝を菱田嘉一さん、日本の貝を大谷洋子さん、群馬の貝を高橋茂さんの個々に収集したコレクションの中から展示が行われている。
貝に魅せられたコレクターの方たちのコーナー |
菱田嘉一さんのコレクション |
展示コーナーに歩を進めていくとまず世界の貝として菱田嘉一さんが収集した貝が展示されている。菱田氏のコーナーでは貝の多様な色彩と形態についてスポットを当て紹介されていた。色彩が鮮やかな多くのタカラガイの仲間が展示され、その模様の鮮やかさは魅了されるものばかりだ。その中には貝のコレクターの中で世界の三銘宝として呼ばれているサラサタカラガイ、リュウグウタカラガイ、日本の三銘宝として呼ばれているオトメタカラガイ、ニッポンタカラガイ、テラマチタカラガイ、などが並べて展示されているので是非見ていただきたい。その他、貝殻に他の貝や小石を付けた形に特徴なあるクマサカガイの仲間の標本も並べられている。また菱田嘉一さんはオキナエビスのコレクターとして知られ、今回の展示でも世界30種のオキナエビスの仲間から21種を一度に見ることが出来た。個人のコレクターがこれほどの種類を集めそろえているのはまれだそうだ。是非お勧めしたい展示だ。
テラマチタカラガイとサラサタカラガイ |
オトメタカラガイとニッポンタカラガイ |
21種のオキナエビス
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リュウグウオキナエビス |
小判型のヒザラガイの仲間も展示
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不思議な形をしたクマサカガイ
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次に日本の貝を知ることが出来る大谷洋子さんの展示コーナーになる、大谷洋子さんは現在西宮市貝類館の研究員を勤められ、今年大谷さんの出身地でもある群馬県の群馬県立自然史博物館に貝類標本13000種、約2万点を寄贈されたそうだ。ここではその中から日本の貝と大谷さんが収集した場所を知るパネルが展示されている。大きな展示スペースに並べられた貝は大谷さんのアドバイスでまったく同じものは展示されていないとのこと、数百種の貝が並べられている貝はそれぞれ特徴があり日本の多様な貝を見ることが出来る展示だ。
大谷洋子さんのコーナー
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採取ポイントをパネルで紹介
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さまざまな形の違う貝を見ることが出来る
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最後に群馬県の貝の紹介として高橋茂さんが収集した資料が並べられている。前者の菱田さんや大谷さんが海の貝類の紹介が多かったのに対し、高橋さんは陸産や淡水産の貝類の紹介が多いのが特徴だ。高橋さんは群馬県県内380以上の地点を調査研究しご自身でまとめ上げ環境省の「種の多様性」の調査員としても活躍し県下レッドデータリスト作成に関しても大きな貢献をされている人物だ。展示では群馬県下で採取された標本がその研究結果とともに展示されている。
高橋茂さんのコーナー
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陸貝の生態が分かるジオラマ
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ヒダリマキマイマイの大小色帯個体差が分かる標本
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大きなカラスガイと小さなミジンナタネガイを比較して展示
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6 過酷な条件下で生きる貝
貝の生息域は多岐に渡っている。陸のカタツムリから海辺にいるサザエなどこれまで紹介してきたとおりだ。しかし、貝の生息域は水深200m以海の海に住む貝もいるのだ。このコーナーではこれら特殊な場所で生息する貝類を紹介している。その中でも是非見ていただきたいのがインド洋水深2422mから採取されたウロコフネタマガイだ。この貝の特徴は体の一部が鉄であるということ、詳しいことは研究中ということだそうだが標本数も数少なく実物が見られることも少ないとのことだ。
深海にすむ貝の様子
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ウロコフネタマガイの標本 |
小さなクリオネの生態展示も見ることが出来る |
深海に生息する貝類を紹介 |
浜辺で見ることが出来る貝の様子を再現
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実際に触ってみよう |
7 おびやかされる貝の生態系
生息域がかぎられ移動する力が弱い陸産や淡水の貝類は環境や自然の影響、人の手に運び込まれる外来種の影響により絶滅の危機に瀕しているものが少なくはない。「人のため、貝のため」とつけられた最後のコーナーでは群馬県の貝類の現状と問題点を知ることが出来るようになっている。特にスクミリンゴガイやカワビバリガイなど特に環境に影響を与える貝として紹介されている。
外来種の問題など貝の現状を詳しく解説
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外来種のスクミリンゴガイを解説 |
顕微鏡で貝を観察してみよう
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貝に触れるコーナではさまざまな貝が並べられている
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今回展示では多くの生態展示もされている
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ミスジマイマイやニッポンマイマイの生態展示
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8 担当された先生に話を聞きいて
最後に「きれいで不思議な貝の魅力」展を担当されました高桑 祐司先生と杉山 直人先生に見所をお聞きました。
高桑祐司先生(左側)と杉山直人先生(右側) |
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高桑 祐司先生
「今回の展示では菱田さん大谷さん高橋さんなどコレクターの方の力を借りて多くの展示をしています。それは、個人の方々の研究や収集がとても重要だということをあらわしています。高橋茂さんの展示コーナーでは実際に生息している状況が分かるジオラマもご自身で製作もされています。」
「これら展示を通して貝の形、大きさ、美しさなど貝の魅力と、貝を取り巻く環境も含め知っていただき感心を持っていただきたいと思います。またオウムガイやサザエ、クリオネなど生きた貝類の仲間の紹介もあります是非見ていただきたいですね。」とお話いただいた。
杉山 直人先生
「群馬の方にとって貝というと海の貝、食べる貝という印象が深いと思います。ですが展示の導入のところでも分かるようにいろんな(工芸品、宝飾品など)ところにも利用されていますし。群馬にもかなり生息しています。まずはそのことを知っていただき。貝を通して身の回りの自然のこと環境の事を知っていただきたいとおもいます。」
「また、この展示はストーリー性を重視した展示になっています。人と貝のかかわり、分類、生息域の説明、コレクターの方の紹介があって最後に現状と問題点とまとめています。そのような視点で展示を見ていただくとより楽しめるはずです」と語っていただいた。
ご案内いただきました群馬県立自然史博物館の高桑 祐司先生、杉山 直人先生はじめスタッフの皆様ご協力いただきありがとうございました。
心よりお礼申し上げます。
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